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私とライフセービング

Vol.44 – 鈴木 美穂 Miho SUZUKI

2022.08.04 (Thu)

1. ライフセービングを始めたのはいつですか。

高校3年生時、ライフセービングをしている同級生の誘いをきっかけに興味を持ち始め、翌1989年日本体育大学に入学し、日体大LSCに入部する事ができました。

子供の頃から体育教諭を目指していた私にとってこの活動は、自己鍛錬、知識技術の習得、資格の取得と魅力的な要素に溢れ、同時に「人の役に立てる人になりたい」という想いが芽生えた事を覚えています。

 

2. その時はどちらで活動されていましたか。

1989年から1992年の4年間、東海大学LSCの仲間と共に二宮海岸で活動をさせて頂きました。

また、1990年には藤沢をメイン会場とする「人と海の共生」を目指したSURF’90(相模湾アーバンリゾート・フェスティバル1990)というイベントが盛大に行われ、その中でライフセービングを行いました。

 

3. 学生時代はどのような活動に力を入れていましたか。

競技会成績としては、学生選手権では1990年にボードリレーで優勝、1991年・1992年にパドルボードレースで優勝。全日本選手権でも1991年パドルボードレースで優勝をしました。

その他、トライアスロンのガードスタッフとして色々な大会に参加をし、サポートする側の重要性、やり甲斐、素晴らしさを沢山学ばせて頂きました。

 

4. 大学を卒業してからはどのような活動をされていましたか。

卒業後の活動としては、1991年から1998年の8年間SURF’90茅ヶ崎に所属し、パトロール活動、ジュニアライフセービング教室、競技会の参加等、社会人の皆様と共に沢山の経験をさせて頂きました。

その後、出産を期に活動を退き、家事、育児、仕事中心の生活にはなりましたが、水泳はスイミングスクールのマスターズチームに所属し、仲間と共に楽しく継続する事ができていました。

 

5. なぜ資格継続ができなかった(しなかった)と思いますか。

活動に参加するのであれば、自分の納得のいく状態で、かつ全力で取り組みたいという思いから高い壁を感じていて、一歩を踏み出す勇気がありませんでした。

我が子達は、幼少期から競泳に励んでいましたが、ジュニアライフセービング教室等の親子で活動できるものに取り組めていたら、自身の継続の可能性は高かったのかもしれません。

 

6. 資格をもう一度取得しようと思ったきっかけはなんですか。

子供の大学入学を期に、自身の卒業記念誌を何十年かぶりに読み返すと「生涯ライフセーバーでありたいと心からそう思います。」という文章が書かれていました。

その時に、私の心の奥底には常に「いつかまたライフセービングがしたい」という想いがあったのだと気付かされたのです。

そして子供達や家族を育ててくれた地元藤沢に恩返しをという想いから、以前から関心のあった西浜SLSCへの入会を希望させて頂きました。

そしてもう一つ「40%問題ライフセーバーが足りなくなる」「このままでは全国の海水浴場が危ない」という記事を目にした事も資格を所得しようと思うきっかけでした。

 

7. 学生時代に受講した時と比べて何か感じたことはありますか。

e-learningの導入等、受講し易い日程と取得し易い内容だと感じました。

長年に渡り牽引されてきた素晴らしいインストラクターの皆様からご指導頂き、貴重な経験となりました。

8. これからどんな活動を目指していますか。

私の礎となっている学生時代を支えてくれた仲間、そしてOBOGの皆様と改めて交流を深めたいという事がひとつあります。

ふたつ目としては、微力ではありますが地域そして社会貢献のお手伝いができたらと思っています。

また年齢を重ねた今の自分に挑戦!競技会への参加もできたらと考えています。

最後に再出発に力を貸してくださった入谷理事長・西浜SLSCの皆様に感謝致します。

この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

 

 

 

鈴木美穂(旧姓:関谷)
Miho SUZUKI

1970年生まれ 52歳

日本体育大学卒、日体大ライフセービング部、現在は西浜サーフライフセービングクラブ所属

長女23歳・長男20歳の母

私立高等学校保健体育教諭を経て、現在藤沢市立小学校 保健体育非常勤講師

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