2025年12月理事会にて、久松晶子氏を当協会のライフメンバーに就任していただくことを承認いたしましたのでご報告いたします。
ライフメンバーとは名誉役員の一つであり、NPO法人時代の名誉会員に該当するものです。本協会の発展、ライフセービングの普及振興に顕著に且つ持続的に貢献した者、または、日本ライフセービング界の発展に著しく貢献があったとして理事会が推挙した者、の中から相応しい方を、理事会が選任し理事長が委嘱する制度です。
久松晶子氏は、1983年に豪日交流基金の支援による交流プログラムがスタートした当時、オーストラリア大使館に勤務されており、豪日交流基金の事務局としてこのプログラムをサポートしていただきました。この交流プログラムでは、オーストラリアから3名の役員が来日し国内に初めてライフセービングが伝えられたたり、日本からもライフセーバーが派遣されパトロール体験に参加するなどの交流が実施されました。日本国内にライフセービングが広まる創成期を支えてくださった功労者のお一人で、その功績が認められ、この度ライフメンバーに承認されました。
これまでのライフセービングとの関わりや簡単な活動経歴について、久松様からご寄稿いただきいましたのでご紹介いたします。
久松 晶子
Akiko Hisamatsu
下田ライフセービングクラブ名誉副理事長
マルチドーサーフライフセービングクラブ名誉副理事長
元オーストラリア連邦政府文化機関「豪日交流基金」オーストラリア・リソースセンター長
なんと言っても、最高に楽しい!ライフセーバーと一緒にいる時間は、本当に「楽しい」の一言につきます。
オーストラリア連邦政府の外務貿易省下の機関「豪日交流基金」が 1983年からオーストラリアのライフセービングを導入するために、5年間日本に助成金の支援を行いました。オーストラリアからは、1988年まで毎年コーチングのために来日し、日本からもオーストラリアに渡り、実際に体験し、資格まで取得して帰国。こうして豪日交流基金のお蔭で、今日の日本のライフセービングの基礎が出来ました。
それから月日が経ち、いまや、全国のビーチでライフセービングが展開されています。
私は、以前から残念ながら体力がありませんでした。ライフセービングのために資格を取ろうと思ったのですが、インストラクター泣かせで、溺者役のメンバーの重い体位を変えることができず諦めました。私が役に立つことがあるのだろうか?と思っていた矢先、1997年に所属する下田ライフセービング・クラブが、姉妹クラブとして Maroochydore Surf Life Saving Club と公式に交流プログラムを始めることになったのです。
「豪日交流基金」の東京オフィスに勤務していた私と、アメリカの会社に務めていた夫は、オーストラリアのことがわかる専門要員として、学生メンバーをオーストラリアに引率する「付添役」をボランティア活動として引き受けました。この交流プログラムは当初、ゼロからならぬ、マイナスからの出発でした。でも毎年下田の学生たちとマルチドーのメンバーがお互いの夏に行き来して、丁寧に交流を積み重ねた結果、25 年を経た今日、ILSやSLSAまでもがこの交流の知るところとなるほど、お互いの絆が強く、太いものになってきたのです。マルチドーの交流担当委員長も、私たち夫婦もこうしてこれから益々地域コミュニティの拡大と発展に寄与する、しっかりとした土台造りの役目を果たせたかなと思っております。
ライフセーバーは、人のために役に立ちたいと思っている人たち。
そういう人たちに囲まれて過ごすのは、何にも代えがたい。楽しいに決まっています。
【ライフセービングの略歴と豪日交流基金とのつながり】
-
1983年
豪日交流基金オーストラリア図書館のアルバイト開始。
オーストラリア連邦政府の外務貿易省内で豪日交流基金は事業の一環としてオーストラリア方式のライフセービングの日本への導入を始めていた。相互交流としてオーストラリアからSLSAに選出されたメンバ-が来日。また日本からも代表団がオーストラリアに学びに行くという5年間のプログラムが開始される。そこでライフセービングに興味を持つ。
-
1986年
フルタイムで豪日交流基金に勤務開始。
-
1990年
豪日交流基金は、青山から港区三田のオーストラリア大使館内に移り、オーストラリア・リソース・センター(オーストラリア図書館)は一般の人に開放されていた。いろいろなクラブのライフセーバーがオーストラリアの本、ビデオを見に訪れたので、多くのライフセーバーの知己を得る。その間、仕事が終わった後のボランティア活動として、当時まだ難しかった競技用マリブのオーストラリアから購入する手続きを無償で行ったり、「オーストラリアン・サーフ・ライフセーバー誌」の日本特派員のページに毎号皆の協力を得て、日本からのニュースを写真入りで送ったりした。
-
1992年
6月に静岡県下田市白浜で、RESCUE92ライフセービング世界大会開催。それに先立ち、日本側のオフィシャルやスタッフをすることになっている不安顔のメンバーのために、数ヶ月前からボランティアで週3回の英会話教室を、仲間と共に区の施設でオーストラリア人講師を招いて開催する。
-
1993年
オーストラリア・サンシャイン・コーストに知人を訪ねた時、マルチドーのMal & Judi Pratt 夫妻と知り合い、マルチドーSLSC を初めて訪問。その時のご縁が今につながる。
-
1997年
下田ライフセービング・クラブが、マルチドーとの姉妹クラブを希望。オーストラリアの専門要員として下田LSCに所属する。
-
1999年
マルチドーからStan Wilcox元会長率いる10名のメンバーが姉妹クラブの調印式に来日。下田市文化会館にて下田LSCとの姉妹クラブが締結された。
日本の夏にマルチドーから、マルチドーの夏に日本からの相互交流が始まり、毎年夫と共にマルチドーと下田にボランティア活動として付添いで訪問。
試行錯誤の連続だったが、お互いに丁寧に毎年続けて、ゼロからならぬ、マイナスからの出発が、25年を経た現在、ILSやSLSAも姉妹クラブ提携を知るところとなる。
-
2008年
12月に豪日交流基金を定年退職。
-
2017年
全豪の総合得点に含まれる重要な種目である「サーフ・レスキュー・チャンピオンシップス」は地味ではあるが、知識と精神性、さらに、パトロールに不可欠な技術など、全てを繰り返し練習して競う大会。姉妹クラブのマルチドーはこの種目の常勝メンバーである。日本に紹介するために、豪日交流基金の助成金を申請。クラブの垣根を越えた仲間と共に、オーストラリアと日本からそれぞれメンバーを送り、3年間の基礎造りを始める。
-
2021年
新型コロナ禍後、上記を若手に引き継ぎ、アドバイザーとして豪日交流基金とのパイプ役を 3 年間務める。
-
2025年
12月に豪日交流基金小川夏子理事長をマルチドーと下田の姉妹クラブ交流のライフセービングの視察のため、マルチドーに迎える。
Profile in English
Ako Hisamatsu
Above all, it’s incredibly fun. Spending time with lifesavers can really be summed up in one word: joy. From 1983, the Australia–Japan Foundation, an organisation under Australia’s Department of Foreign Affairs and Trade, provided grant support to Japan for five years to help introduce Australian surf lifesaving. Until 1988, coaches travelled from Australia to Japan every year, while people from Japan also went to Australia to train, gain hands-on experience and even earn qualifications before returning home. Thanks to this support from the Australia–Japan Foundation, the foundations of today’s lifesaving activities in Japan were established. Over time, these efforts grew, and lifesaving activities are now carried out on beaches all across the country.
I’ve always lacked physical strength, unfortunately. I once thought about obtaining qualifications for lifesaving, but I struggled during training and eventually gave up because I couldn’t reposition the heavy body of a member acting as a drowning victim, much to the frustration of the instructors. I wondered whether there was anything I could really contribute. Then, in 1997, the Shimoda Life Saving Club, which I belonged to, officially began a sister-club exchange program with Maroochydore Surf Life Saving Club. At the time, I was working at the Tokyo office of the Australia–Japan Foundation, and my husband was working for an American company. Because we both had knowledge of Australia, we volunteered to act as accompanying supervisors or chaperons, leading student members to Australia. This exchange program didn’t start from zero, but from a negative position.
However, through careful and consistent exchanges year after year, with Shimoda students and Maroochydore members visiting each other during their respective summers, the relationship steadily deepened. Now, 25 years on, the bond between the two clubs has become so strong and enduring that even organisations like ILS and SLSA are aware of the exchange. I feel that both the Maroochydore exchange coordinator and we, as a couple, have been able to play a role in building a solid foundation that will continue to contribute to the growth and development of our local communities.
Lifesavers are people who genuinely want to help others. Being surrounded by people like that is priceless. Of course it’s fun – how could it not be?








