日本ライフセービング協会(以下JLAという。)の発足の母体は、日本ライフガード協会と日本サーフライフセービング協会(以下SLSAという。)ですが、後者のSLSAは、伊豆半島の南端、静岡県下田市の海水浴場で1978年から活動が始まりました。最初は吉佐美大浜と多々戸浜、そしてその活動が認められ白浜中央、白浜大浜、入田浜へと広がりました。
1985年、活動する地域の広がりとともにそこで活動するライフセーバーの人数は、首都圏の大学にライフセービングクラブを設立させて、人づての勧誘から、クラブによる勧誘、つまり「点の広がり」から「面の広がり」となり、ライフセーバーの人数が大きく伸びた時期でした。静岡県内では、1987年に東海大学海洋学部ライフセービングクラブLOCO(以下、LOCOという。)が学生の力で産声を上げました。
この頃、水辺の事故防止の需要とライフセーバーの活躍する場所の需要が相まって広がっていきます。静岡各地域での活動は、1988年に用宗海水浴場(静岡市、用宗LSC)、同年ボランティアパトロールを経て1989年には静波海水浴場、鹿島海水浴場、前浜海水浴場(榛原町、現在の牧之原市、静波LSC)、同1989年に伊豆長岡町(現伊豆の国市、1992年施設の閉鎖によりクラブは解散)。そしてJLAの発足の1991年には、さがらサンビーチ、片浜海水浴場(相良町、現在の牧之原市、相良SLSC)。1992年からは島郷海水浴場、我入道海水浴場(沼津市、沼津LSC)。伊豆では、1986年には、今井浜海岸(河津町、今井浜SLSC)。そして1991年には、熱川海水浴場(東伊豆町、熱川LSC)、土肥海水浴場(土肥町、土肥LSC)、御浜海水浴場(戸田村、現在の沼津市、御浜LSC)、1993年からは、弓ヶ浜海水浴場(南伊豆町、下田LSCから南伊豆LSC)での監視救助活動が始まります。2001年から仁科大浜海水浴場他(西伊豆町、西伊豆LSC)での監視救助活動が始まります。2016年からは、松崎海水浴場他(松崎町、西伊豆松崎LSC)での監視救助活動が始まります。西部地区では、2007年に浜松市、湖西市を中心とした浜松LSC(翌年2008年NPO法人)は社会人だけで初めは設立されました。静岡の西地区のライフセービング活動課題がこの時から解消され、静岡全域での活動が開始される時期となりました。2014年から湖西新居弁天海水浴場(湖西市、浜松LSC)での監視救助を開始しています。2021年現在、13クラブ、33箇所の海水浴場の監視救助活動を行っています。
1992年には、ライフセービングの世界大会である「Rescue’92」が下田市で開催され、ライフセービングが注目されるようになりました。本大会後から各地区でJLAが直接活動するスタイルからクラブが設立され、そのクラブ中心の活動へ移っていきます。1995年頃から、LOCO(大学クラブ)と地域クラブは別のクラブ(組織)として運営をわけていくように運営を移行しました。LOCO以外の大学でも2021年までにいくつかのクラブの設立が見られましたが、現在、東海地域の大学クラブはLOCOのみとなっています。
各地区での活動の他、静岡県レベルの活動では、2012年に静岡県ライフセービング協会が発足し、翌年の2013年にNPO法人となり、2017年にはライフセービング業界初の特定非営利活動法人で認定を取得し、認定NPO静岡県ライフセービング協会(以下静岡LAという。)となり、牧ノ原市や沼津市、静岡市の監視救助業務を受託しそれぞれの地区におけるクラブの活動を支援しています。将来的には、JLAが契約している伊豆地区の監視救助事業は静岡県ライフセービング協会へ移管され、各クラブのサポートを行っていく予定です。
監視救助事業の他には、ライフセービングアカデミーの関係で静岡LAや所属クラブが積極的にベーシックサーフライフセーバー、アドバンスライフセーバー等々の講習会を開催しています。LOCOは1988年に大学クラブ主催(学生主催)としては日本初の資格講習を開催しています。
ジュニアライフセービングの活動も盛んです。安全の啓発、次世代のライフセーバーの育成、ライフセービングを応援して頂ける方々を増やすことを目的に1990年からジュニアライフセービングの活動が始まり、1993年には下田LSCが本格的にジュニアライフセービング活動を始めました。その後は、熱川LSC、静波LSCでも活動が始まり、このジュニアライフセービングから誕生したライフセーバーが活躍しています。
スポーツとしてのライフセービングも重要です。競技大会の積極誘致、中日本選手権大会や静岡サーフカーニバルを開催しています。
水辺のスポーツイベント等の監視救助活動では、LOCOが東海大学湘南校舎LSC-CREST等の協力を得て、1889年に沼津市で行われたトライアスロンの監視をはじめとした水辺のスポーツへの監視救助活動を始め、その他のクラブも地域における水辺のイベントにおける監視救助活動を実施しています。
静岡県下においてもJLAの30年と共に地域、活動内容が広がり充実してきています。
寄稿:文珠寺 裕之(もんじゅじ ひろゆき)
1985年~専修大学サーフライフセービングクラブ、下田ライフセービングクラブ
大学の授業で勧誘され、学内にクラブを創ることとなったという。今までの狭い世界から広い世界が見え、楽しく社会に貢献できると思えたことがきっかけではじめる。
現在JLAでは監事を務める。
諸節 智章(もろふし ともあき)
1987年~ 東海大学海洋学部ライフセービングクラブLOCO監督、静岡県ライフセービング協会
当時の日本赤十字社救急法の資格取得をきっかけに地元の海水浴場で監視員としてライフセービングと出会ったことがきっかけ。現在JLAでは事業戦略室において監視事業に関する業務を担う。