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私とライフセービング

Vol.28 – 田原 幸佑 / Kosuke TAHARA

2021.05.17 (Mon)

1999年の20歳大学生の頃、消防官になりたかった私に「それだったらライフセーバーをやってみない?」と声をかけていただいて、とりあえず参加してみたのが始まりでした。それまでの私の人生は、悪事を重ね、部活などするはずもなく、学校もろくに行かずに友人と遊びまわっていました。海水浴に連れて行ってもらった経験もほぼなく、当時カナヅチな私の泳力は5m。息継ぎすらできませんでした。

しかし、この別世界にいつのまにか飛び込んだ私には「本気で他人のことを考えている人たちがここにはいるんだ」と衝撃を覚えています。それからカナヅチな私がスイム練にもほぼ毎回参加し、なんとか泳げるようにしていただきました。こんな私を育てていただいたのが、福岡ライフセービングクラブでした。

それから10年・・・無事に消防官にもなって新宮海岸で活動していく中で、当時ほぼ消防メンバーでなんとか成り立っていた新宮海岸の活動はこのままでは長くは続かないと思いました。例年海水浴溺水死亡事故が起こっている新宮海岸で、この有益な活動を途絶えさせてはいけないと考えました。「新宮海岸を独立して運営したい」という若造の戯言に「やってみろ!」とご快諾いただいたのは、福岡ライフセービングクラブの東会長でした。

 

そんなこんなで、11年前の2010年に新宮ライフセービングクラブを設立しました。当時はすべてが足りず、何もかもがどうして良いのかわからない状態でした。パトロール、競技、ジュニア、講習会、事務、資金、メンバー、器材など、すべてをひとつひとつ地道にスパイラルアップさせながら揃えていかないと新宮の発展はないと考えました。

「すべてを全力でやる!」という意気込みだけで、暗中模索してきました。
その過程では、ライフセーバー、行政、企業、団体など様々な方々にとても助けていただきました。

そんな私が競技会へも出場して2015年には指導員となり、新宮LSCも2019年にはNPO法人となり、2021年にはシーバード新宮も開所しました。まだまだ足りないものばかりですが、少しずつカタチとなってきています。

今後も「福岡県の海水浴場すべてにライフセーバーがいる社会」を目指して、少しずつ福岡県にもライフセービング文化が根付いていけたら良いなと考えています。

コツコツと、こんな私にでも他人のために何かできることがあり、それらが水辺の事故をひとつでも減らすことにつながれば、私が生きている価値も少しはあるのかなと考えています。

そのためには活動資金も、とても重要です。
日本ライフセービング協会・福岡県ライフセービング協会・新宮ライフセービングクラブは、それぞれ活動資金の寄付をお願いしています。

皆さまにもご協力いただければ幸いです。

田原 幸佑
Kosuke TAHARA

公益財団法人 日本ライフセービング協会
地域推進室/救助救命本部パトロール・レスキュー委員会 委員

特定非営利活動法人 福岡県ライフセービング協会 理事長

特定非営利活動法人 新宮ライフセービングクラブ 理事長

皆さまからのご支援が
水辺の事故ゼロへつながります

皆さまからのご寄付はWater Safety教育の普及事業などに活用します