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私とライフセービング

Vol.34 – 山本ゆうじ/ yuji YAMAMOTO

2021.07.22 (Thu)

「ライフセービングとスポーツDJ」

 

スポーツの会場を盛り上げるMC,音楽DJをして32年目。基本的に試合開始前の観客入場時からMC,DJが始まり、選手情報、選手入場、スタメン紹介、試合中の選手のプレイ、試合経過などを会場中に響き渡らせる。こうしたショーアップで観客と選手と競技場の一体感を作り出していくのが主な仕事です。

‘89年からスタートした僕のスポーツDJとしての基本は「一人で見に来た人、初めて見に来た人を退屈させない」です。これは自分が競技を見に行った際に特に感じたことで90年代当時まで会場ではMCやDJという存在は皆無に等しく‘93年にJリーグが開幕し各チームに一斉にスタジアムMCが起用され選手の紹介や「GOAL!」コールなど現在の日本のスポーツエンタメの基盤となるスタイルが出来上がったのはつい最近です。

 

ライフセービング競技大会を最初に担当させていただいたのは96年葉山ライフセービングクラブの高橋啓一さんからのオファーでした。「ライフセーバーたちの競技大会がある、盛り上げてほしい」というものでした。高橋さんは広告代理店の博報堂勤務。当時僕はサッカーJリーグのJEF市原(現JEF千葉)のチームDJをしていて共通の知り合いの制作会社からの紹介でした。

 

6月僕は静岡県下田の「サーフカーニバル」という大会でライフセーバーMC,DJデビューします。

青い海に白い砂。海でのオーシャン競技、砂浜でのビーチ競技。鍛え上げられた男女ライフセーバーの姿は美しく、競技No.1はレスキューNo.1というレースの根幹にある「命を救う」という崇高な思い。

 

しかし海辺の事故に備えに日頃から己の肉体を鍛錬するが、しかしその技術をなるべく駆使しないように無事故で夏が終わるようにパトロールするという意識にはただただ感動だった。

 

当時は会場の音楽もなくただひたすらにレースを追いかけるだけで精一杯。知り合いもいないし、選手も知らない、ライフセービングの“ラ”の字も知らない、ない、ない、尽くし。不安と緊張の中試合後のビーチパーティで地元出身の日本代表の菅野宏選手が「MCは入ると雰囲気が変わりますね!」と気さくに声をかけていただいた、嬉しかった。

商業的なスポーツ界にはない純真さと強靭な精神に満ち溢れた選手たち。ライフセーバーとライフセービング競技に僕は一発でノックアウトされた。

「もっともっと彼らを知りたい」その時の思いは今でも色褪せてない。

その年の全日本選手権で僕の演出のスタイルを決定づけるエポックな出来事がありました。

マイクで進行している僕の横にレース途中にビーチフラッグスの世界チャンピオンの鯨井保年選手が入ってきて自身用意していた音楽を回し始めました。筋骨隆々なマッチョ男が選ぶ音楽はどれもナイスでビーチフラッグスではヒップホップやダンス系がハマるハマる(笑)選手自ら大会を盛り上げようとする姿は大いに参考になりました。(因みにその際に使用していた同機材を僕は入手し現在も使用しています)

 

 

多くの人はライフセーバーというとある程度の理解はできるが、競技となると当時から自分も含め認知度は低い。

 

しかしライフセーバーはほとんどが何らかの競技経験がある。

 

競泳出身でインターハイ出場経験の佐藤文机子は大学時代にライフセービング目指し初めて海を泳ぎ独自の練習で日本代表を勝ち取った。その佐藤の後継者は競泳出身の三井結里花だ。学生時代からサーフレース、オーシャンウーマンチャンピオンでその後プール競技ではスーパーライフセーバーで7連覇。日本新記録も多数。海でもオーシャンウーマンで圧倒的な強さを今も見せる。2016国際大会でもオーシャン競技すべて決勝進出を果たすなど世界との差は縮まっている。
サーフスキー、ランが苦手な彼女も日々の猛練習からオールラウンダーの強さをキープしている。

海が大好きでオーシャンマンレースで国内外にて活躍しそのルックスの良さから90年代から自ら広告塔を買って出た飯沼誠司。

トライアスロンの競技中にライフセーバーに憧れビーチフラッグスのオリジナルスタイルを築き世界チャンピオンにまで上り詰めた鯨井保年。

ラグビー出身の本田辰也は国内では飽き足らず自腹で本場オーストラリアのビーチフラッグス選手権のメダルと、ガードの資格を取得。

アルペンスキー出身でビーチフラッグス銀メダリスト2回、国内8回のチャンピオン植木将人、ラグビー出身で同じくビーチフラッグス銀メダリスト北矢宗志、

陸上出身で後にビーチフラッグスで全日本17連覇、世界チャンピオンに君臨する遊佐雅美は専門学校時代に講師としてやってきたライフセービング協会小峯前理事長の「あなたは自分の愛する人が目の前で溺れていたら、助けることができますか?」とライフセーバーを志す。泳ぎが苦手な彼女は猛練習の末にライフセーバーの資格を取る。

 

90mの砂浜を走るビーチスプリントのスペシャリストで、ビーチフラッグスでも世界チャンピオンになった藤原梢は何と競泳出身。

ビーチフラッグス国内3連覇の和田賢一は野球、空手の出身でビーチでの走りを追求すべく2014年とうとう単身ジャマイカに赴きあのウサイン・ボルトに教えを乞う。

 

もちろん得意の分野で結果を出す選手もいる。
平野修也、西山俊、安藤秀、上野凌らは競泳出身で2016年世界選手権障害物リレー史上初2位に入る快挙を成し遂げた!

 

泳げなかった人が泳げ、ビーチで走れなかった人が走れる。まさにライフセーバーの経歴は一言では語れないらしい経歴がある。

 

僕はまず事前取材したこうした経歴を会場でマイクパフォーマンスすることで会場の観客、偶然見てくれる人たちにライフセーバーへの興味を持ってもらうこと、これを念頭に置いています。10年くらい前かな、全日本選手権のビーチフラッグス予選でスタートし途中走りを止めた選手がいて小峯前理事長が激怒したことがある。「その先に怪我をした人、溺者がいるのに途中であきらめるとは何たることか!」

ライフセービング競技の本質を再認識させられた出来事だった。

 

すべての行動、競技に人の「命」を意識しているライフセーバー。アスリートしての競技はオフシーズンに行われる。その際のパフォーマンスは間違いなくスポーツだ!今後も会場に来てくれた一人でも多くの人に情報を伝えたい。スポーツDJとしてライフセービング競技に携われ本当に幸せで感謝です。何故なら「命」の大切さを呼び覚ませてくれるからです。

山本ゆうじ
yuji YAMAMOTO
sports DJ

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