私とライフセービング

Vol.31 – 朽方 規喜/ Noriyoshi KUTSUKATA

2021.06.07 (Mon)


千葉に生まれた私にとって、海はとても身近なものでした。父の実家がいすみ市にあることから、毎年夏は、御宿町海水浴場で過ごしていました。迷子で保護されたあとに泣いたようですが、まったく覚えていません。

小学校の臨海学校は、あの岩井海岸です。想い出はセピア色ですが、実は今とあまり変わらない風景なのかもしれません。
そして中学生からサーフィンを始め、毎週末は、九十九里から鴨川まで、波を求めて、海で過ごしていました。
私の成人式の日は、1月の雪の降るとても寒い日だったのですが、あまりにも波が良かったので、成人式には参加せず、一日を海で過ごしました。それほど海が大好きでした。

やがて医師になった私は、心臓血管外科専門医を取得し、日本医科大学千葉北総病院救命救急センターで、ドクターヘリのフライトドクターとして働くことになります。
その後は、佐賀大学医学部非常災害医療学講座で責任者を経たのち、現在の南多摩病院へ移動となりました。

外科と救急科の二つが、私のダブルボードであり、「ファーストエイド」と「心肺蘇生」がライフワークです。

「ライフセービング」と出会ったのは2014年のジュニア大会で救護ドクターの依頼を受けてからとなります。それ以降、種目別選手権、東日本、中日本、西日本、プール大会、学生選手権、サンヨーカップなど、ほとんどの大会でオファーを頂き、務めてきました。

「ライフセービング」を通して本当に素晴らしい、たくさんの仲間と出会うことができたことは、人生の財産です。

さて、新型コロナウイルスとの戦いは一年を過ぎましたが、未だ先行きが見通せません。そしてコロナだからといって、災害や水辺の事故は待ってはくれないのです。
私は、このコロナ禍も「水辺の事故ゼロ」を目指して、この活動を止めてはならないと感じています。

大会は、しっかりと感染対策を施したうえで、安全に開催できるよう準備していますので、多くのライフセーバーがしっかりと自身の救助能力を確かめ、競い、そして楽しんで欲しいと願っています。

「ライフセービング」は、私の人生にとって、なくてはならない大切なサプリメントです。
趣味は?と尋ねられたら、間違いなく「ライフセーバーの救護」と答えることでしょう。

朽方 規喜
Noriyoshi KUTSUKATA

公益財団法人日本ライフセービング協会 メディカルダイレクター

湯河原ライフセービングクラブ所属

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