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私とライフセービング

Vol.42 – 堀 由美恵 Yumie HORI

2022.02.04 (Fri)

プロボディーボーダーとして選⼿を引退して3年後、以前から興味のあったライフセーバーの資格、館山のベーシック・サーフライフセーバーの講習会に申し込みをしました。

 

当時の受講⽣は⼤学⽣だらけ。当時の私の年齢は38歳でした。練習ではランもスイムも遅れをとってしまうことも多々ありました。また、聴覚に障害を持っているので、周りのサポートとインストラクターの温かいご協⼒のおかげで無事に最後まで講習会を受けることができたと思っています。

私はプロボディーボーダーとして海の知識は他の⼈に⽐べて多いとはいえ、どう危険なのか?どう回避できるのか?といったことを言葉で伝えることができなかったように思えます。ライフセーバーになることで、それを学び、明確に伝えるようになったこと、また逆に海のもつ怖さをより意識するようになりました。

 

先輩の挨拶の⾔葉で 「我々のミッションは溺者を助けることがメインではない。溺者を作り出さない状況にすることです。」とおっしゃっていました。 とても印象強く残っていて、今、実際に海でボディーボードのレッスンをやる時はその⾔葉を常に意識して⾏動をしています。

私は難聴なので補聴器をして読唇術で会話をします。パトロール現場では無線機は聞こえないため仲間に助けてもらいながらパトロールをしました。

もちろん泳ぐことも海も⼤好きですが、私が聞こえないのにライフセーバーになろうと思ったきっかけはJLAの⼼肺蘇⽣法の講習会に参加したときのテキストに⾞椅⼦のライフセーバーの写真が載っており「体が不⾃由でも、監視をすることはできる。監視をすることもライフセーバーとして重要な任務だ。」 と書いてあったことに強い衝撃を受け、ライフセーバーの資格を取ろうと決意しました。講習会の申し込みをするときに 「難聴ですが⼤丈夫でしょうか?」と⾔う私に、快く OKを出してくれたことが⼀番嬉しかったです。

スイムでは補聴器は外し、ランでは補聴器をつける。 常に持ち歩き、状況に応じて取り外しができ、海では⼝の動きを⾒せてくれ、サポートのかたがそばにいてくださって、⼼強かったです。 障害を持っていてもできることはあるということ、そして⼈を助ける気持ちに障害の壁はないんだということがとても嬉しかったです。

 

私は 2021 年3 ⽉に「⼀般社団法⼈陽けたら海へ」を⽴ち上げました。 デフノーマライゼーション社会の実現を⽬指しています。 私が J L A に参加申し込みを決めた時と同じように⽿が聞こえなくても障害の壁はないということを多くの⼈たちに伝えていきたいです。 聞こえない⼈たちの活動を⾒て、より多くの障害を持つ⼈たちが⾃分の障害を「個性」だと思ってもらえるように、私⾃⾝もしっかりと頑張っていかなければいけないと思っています。

堀 由美恵
Yumie HORI

2歳の時に、両耳の聴力を失う。

18歳の時、ボディーボードに出会い、プロになり日本中の海や世界の試合を転戦。

引退後、講師として講演を行う傍ら、海の持つ無限な可能性を伝えています。

2003年 JOBプロテスト合格

2004年 AWBパイプラインコンテストウォーターファイナル進出

2005年 世界初のWDSAオーストラリア大会にて優勝

2011年 JLAベーシックサーフライフセーバーの資格を取得

プロフィール詳細:

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