私とライフセービング
ライフセービングとの出会い
私がライフセービングと出会ったのは、大学の新歓でした。
当時、私は国立大学を目指して浪人し、その後ご縁あって順天堂大学に入学しています。
浪人というブランクもあり、何か新しいスポーツにチャレンジしてみたいという気持ちがありました。
その時に何気なく立ち寄った新歓で流れていた動画に、皆様お馴染みの
“あなたは愛する人を守ることができますか”
という問いかけに、ドキッとしたことを今でも覚えています。
直近で、大好きだった祖父が亡くなり(水辺の事故とは関係ありませんが)突然にして一生会話をすることが叶わなくなった悲しみを経験したというのもあり、今の自分にはできない、という思いと、もし目の前で誰かが倒れたら、それがもし私にとって最愛の人だったら、、、その時に何もできずに立っている自分を想像して怖くなりました。
いざというときに動ける人でありたい、強くありたい、そう思ったことがきっかけのひとつです。
そしてもう2点。もともとはスポーツ・競技という観点から「自分のために」ということしか考えていませんでしたが、自身の取り組みが「誰かのために」 繋がる活動ということに敬意と魅力を感じたこと。
ライフセービングは一般的な部活動とは違い、他大学の仲間や所属する浜のOB・OG、地域の方々、海水浴客など、幅広く様々な人たちと関わる機会が多く、いろいろな人に出会えることに大きな魅力を感じたこと。
これらが決め手となり、私のライフセービング活動が始まりました。
九十九里浜との出会い
順天堂大学の海練習は、毎週九十九里浜の外房で行われていました。
初めて訪れた際には、右から左まで180度見渡す限り砂浜が続き、コンスタントに波が入る環境に驚いたのを覚えています。
爆波でもあっという間に沖までたどり着き、巧みなボードコントロールで波乗りする先輩方のカッコよさに魅了され、「この波の中でも監視活動やレスキューができればどこへ行っても通用するよ!」という先輩方の言葉がきっかけで、私は4年間九十九里浜で活動することを決めました。
私はあっという間に九十九里が大好きになり、当時は授業がある日でも先輩に1限前に海へ連れて行っていただき、冬でも週5で波乗りに通っていたと思います。波乗りばかりですみません汗
しかし、3・4年目のときにはコロナの影響で思うように活動ができなくなります。
部活動は禁止され、3年目には浜にすら立つことができず、もどかしい日々を送っていました。
3年目という大事な時期に監視活動を経験できず、当時代表を務めていた私は、自分に自信を失いかけていました。
その中でも、小さなことでもいい、なにか私にできることはないかと考えたどり着いた答えが、指導員の資格取得でした。
自身のスキルアップに加え、指導員になることで、受講した方々がもしかしたら私の大切な人、誰かにとって大切な人を守ってくれるかもしれない。そういった思いでWSとBLSの指導員の資格を取得しました。
このとき、ライフセービング活動は海水浴場に立って監視活動を行うだけでなく、自分の身を守る方法や一時救命の重要性をより多くの人に伝えていくことも「水辺の事故ゼロ」に繋がる大切な活動だということを実感しました。
社会人になってからのブランク
大学卒業後、まさかここまでライフセービングを続けるとは思いもよらず。
大学4年生の夏、前十字靭帯断裂により学生最後のガードも、学生最後の大会も思うように参加できずに、私のライフセービングへの熱はここで幕を閉じそうなほど細くなっていました。
就職で地元福岡に帰ることをきっかけに、九十九里でお世話になった小林俊樹さんから新宮ライフセービングを立ち上げた田原理事長を繋いでいただき、田原さんには快く受け入れていただいたのですが、新卒で就職した職場は火水休みだったため、蓋を開けてみると社会人1年目には年にたったの3回しかクラブ活動に参加できませんでした。
理事長やクラブのメンバーからしても相当に期待外れだったと思います。(苦笑)
しかしそれから、会社との往復だけでなにか物足りないと感じていた際に、大学時代の不完全燃焼もあってか、もう一度ライフセービングと向き合いたいという思いがこみ上げてきて、新卒1年足らずで思い切って土日休みの仕事へ転職をします。
この時点で、既にライフセービングが人生の中心になりつつあったと思います。
地方クラブの魅力
活動を再開した年には早速、福岡の学生たちのBLSアシスタントインストラクターを務めさせていただき、新宮で夏の監視活動にも参加しました。
そこで最初に感じたのは大きなギャップ。私が関東で経験してきたものとはまるで違う環境でした。
しかし学ぶこともたくさんあったのです。
クラブのメンバーは本当にユニークかつ個性的で、各々の良さを生かしながら活動をされていました。
ジュニア育成(教育)に力を入れる方もいらっしゃれば、地域活動のビーチクリーンや松林清掃(環境)を中心に活動される方もいらっしゃいます。教えることが好きな方、海での活動そのものを楽しまれる方など様々です。社会人にもなると、仕事や家庭、趣味などもありライフスタイルは人によって大きく異なります。中には福岡に住まわれていない方もいらっしゃいます。それでも、各々のいろんな思いが積み重なって成り立っている、新宮はそんなクラブだったのです。
「水辺の事故ゼロ」と、言葉にするとひとことで片付いてしまいますが、これに対し、ありとあらゆる方面からのアプローチがあり、更には地方だからこそ柔軟性に富み、より発展させることができるという魅力。これは、新宮に出会わなければ気づけなかったことです。
もちろん、ガード面において課題は多くあります。レスキューに行ける体力がなくても、訪れるすべての人への声かけやライフジャケットの貸し出し、こまめで丁寧なコミュニケーションをとることで事故は未然に防ぐことができる。こうしたコミュニケーションを主とした監視活動は、このビーチだからこそできることでもあるのですが、ピカイチだと思います。じゃあ有事が起きてしまったときには、、、?動ける人数が少ないのも事実です。どんなに声かけを心がけていても、一瞬の隙に事故が起こりうる可能性はある。
今の私にできることをよーく考えるきっかけになりました。どのように人員を増やし、質を高め、リスクを減らせるか、いつも身の引き締まる思いでいます。
活動を再開して4年目、毎年海に来てくれるファミリーとは顔見知りになりました。ライフセーバーさんがいるからこの海に来ている、安心して遊べる、そんな声を聞いてとても嬉しくなります。そんな方々に、笑顔でまたねと言える環境をこれからも作っていきたい、そんな想いで活動しています。
九州の学生との出会い
活動を再開した私は、リハビリがてらビーチフラッグスの練習を始めます。初めは練習相手欲しさに福岡の学生たちを誘っていたのですが、気づけば学生たちが自主的にグループを作り、練習仲間を集め、私がいなくても練習するようになっていました。いまはそのグループも解散してしまいましたが、、、何度でも新たに生み出します。(意地)
地方の学生たちは、今でもインカレに全員で参加することが当たり前ではありませんし、種目別や全日本なんて知らずに4年間を終えていくことがほとんどです。しかしそれはきっかけがなかっただけ。彼らと関わるほどに、心の内に秘めた想いをみんなそれぞれ持っていることがわかるようになり、ここでもまた、私には何ができるだろうかといつも考えています。
競技のみならず、学生のあらゆる活動において、文化を作ることは非常に難しい。でも、確かにそこに熱はある。就職に有利だからとか、そんな浅いものではなく、もっともっと、ライフセービングの魅力を知って、彼らが自分たちの活動を誇りに思えるような、そして社会人になってもライフセービングを細く長く続けられるような場をつくりたいと心から思っています。そして思うだけでは何も変わらない、それが、私自身が現役で前線に立ってガードも競技も続ける理由です。
ビーチフラッグス
社会人になって私は、改めて自分の走りを研究し始めます。ビーチフラッグスは、起き上がりが早いだけでは勝てないことは承知でした。私は、元陸上部でしたと言うのが恥ずかしいくらいに足が遅かったので、今度こそ課題と向き合うと決め、動画を撮って分析し、時には恩師に助言をいただきながらトレーニングを積んできました。学生の頃も、分析していなかったわけではないのですが、日常生活からW-UPのひとつひとつの動作の意味を理解し、意識しながら丁寧に向き合えたのは社会人になってからでした。
先日、社会人になって4度目の全日本選手権大会を迎えました。福岡に来てからは、自分のレベルがいまどのあたりなのかもわからず、全日本という場が私にとっての答え合わせとなっていましたが、当時、西浜と新宮に所属していた鈴木慎一さんから本当に多くの方を繋いでいただいたおかげで、たくさんの助言とパワーをいただき、学生の頃とは比にならないほどに年々成長し続けることができ、それが自信にも繋がっていきました。
また、今年は共に九州からエントリーした学生二人が2㎞ビーチランで決勝進出。サーフ種目でも戦えるレベルにまで達しています。更には、一時期新宮に所属していた方が、今は愛知県の地元クラブで活躍しており、クラブの垣根を越えて讃え合える関係性に喜びを感じます。そうした繋がりが年々増え続け、今は大分や宮崎にも仲間がいます。
そんな仲間たちと共に、次世代のライフセーバー達を育て、九州のライフセービングを発展させる、これが今の私の目標の一つとなっています。
出会いに感謝
これだけ長文を書いておきながら、まだ何も成し遂げていない若造です。そんな私に筆を執る機会を与えていただき大変恐縮です。
最後に、私はライフセービングにかかわる人と海が大好きです。
ライフセービングと出会えて本当に良かった。
今後、どんな人生が待っているのかはわかりませんが、新たな出会いを楽しみに、これからも細く、長く、活動を続けて参ります。
“細く長くライフセーバー”
順天堂大学ライフセービングクラブOG(26期)
特定非営利活動法人 福岡県ライフセービング教会 監事
特定非営利活動法人 新宮ライフセービングクラブ 監事














